聖母マリアに限らず、聖書やキリスト教に関連する宗教画・絵画には、約束事として、特定の聖人や登場人物に密接に結びつけられた持ち物や小道具、背景や添え物が描かれる。これをアトリビュート(attribute)という。持物(じぶつ)とも呼ばれる。
聖母マリアのアトリビュート(attribute)としては、天の真実を意味する青色のマント(ヴェール)、純潔の象徴としての白百合(おしべのないユリの花)、神の慈愛を表す赤色の衣服が代表例として挙げられ、聖母マリアの象徴として数多くの西洋画に描かれている。
Virgin Mary - Giovanni Battista Salvi da Sassoferrato 1640-50
このほかにも、絵画で描かれる場面によっては、「12の星の冠」、「三日月」、処女性を意味する「閉ざされた庭」、処女には馴れ親しむとされる「一角獣(ユニコーン)」などが、聖母マリアと結び付けられるアトリビュートとして作品の中に描かれることがある。
青色の由来は? 海の星とウルトラマリン
聖母マリアの衣服の青い色の由来については、海の星を意味するマリス・ステラ、そして顔料のウルトラマリンの存在が深く関係していると思われる。
カトリック教会では、聖母マリアを讃える呼び名として「Maris Stella マリス・ステラ(海の星)」が古くから用いられてきた。聖母マリアを讃えるカトリック教会の古い賛歌(イムヌス)『アヴェ・マリス・ステラ Ave Maris Stella』にもその名称が現れている。
ラピスラズリと聖母マリア
この聖母マリアを表す「海の星」からくる海の青いイメージが、そのまま宗教画・絵画のアトリビュートとして関連付けられたと思われるが、それを加速させる要因の一つとして決して無視できないのが、ラピスラズリから採られる顔料ウルトラマリンの存在だろう。
ラピスラズリ(lapis lazuli)は、青金石(ラズライト)を主成分とする半貴石(はんきせき)で、そこから精製される顔料ウルトラマリンは14~15世紀頃から広く使われ始め、16世紀初め頃にはヨーロッパに輸出された。
フェルメールも愛用
ウルトラマリンは非常に高価な顔料だったが、その深みのある鮮やかなウルトラマリンブルーの発色はヨーロッパの芸術家たちに愛され、聖母マリアやキリストの衣服へ彩色を施す塗料として珍重された。
おそらく、希少で高価な顔料を用いることそれ自体が、聖人への畏敬の念を表すことにつながっていたのだろう。
なお、ウルトラマリンを好んで用いたヨーロッパの画家としては、絵画「真珠の耳飾りの少女」で知られる17世紀オランダの画家フェルメールが特に有名。フェルメールが特徴的に用いたウルトラマリンの青は「フェルメール・ブルー」と呼ばれている。