「糸杉と星の見える道」が描かれたのは、ゴッホがこの世を去る2か月前の1890年5月、フランス南部のサン=レミ=ド=プロヴァンスにある精神病院で療養中の作品。自らの死期が近いことを自覚していたゴッホの精神状態が反映されているという。
死と悲しみの象徴イトスギ
ゴッホが絵の題材として好んだイトスギ(糸杉)は、セイヨウヒノキとも呼ばれるヒノキ科の植物で、花言葉は「死・哀悼・絶望」。英語ではサイプレス(Cypress)。
イトスギはギリシア神話の女神アルテミス(Artemis)の聖樹(神木)とされるほか、キリストが磔(はりつけ)にされた十字架の材料として使われたという伝説も残されているようだ。
また、こんな伝説もある。ギリシア神話に登場するテーレポスの息子キュパリッソス(Kyparissos)は、金色に輝く角を持った雄鹿と仲が良かったが、誤って投げたヤリでこの鹿を死なせてしまった。深く嘆き悲しんだキュパリッソスは、この深い悲しみを永遠のものとすることを神々に誓うと、神々はキュパリッソスを悲しみの象徴としてイトスギに変えたという。
死のオベリスク
弟のテオへの手紙で、ゴッホは「いつも糸杉の事を考えている」と述べ、古代エジプトのオベリスクのように調和が取れた美しいラインに、晩年のゴッホは心惹かれていた。
右の写真は、イタリア・ローマにあるナヴォーナ広場(Piazza Navona)のオベリスク。4つの大河(ナイル川・ガンジス川・ドナウ川・ラプラタ川)を擬人化した彫像と噴水がある。
オベリスク(obelisk)とは、古代エジプトを起源とする記念碑・モニュメントの一種。串(クシ)を意味するギリシャ語「オベリスコス」に由来し、エジプトでは神殿の一部として建立された。
シカゴ大学のキャスリーン・エリクソン(Kathleen Powers Erickson)氏の研究では、近い時期に描かれた「星月夜」よりも、「糸杉と星の見える道」には死期が近いと自覚したゴッホの心境が反映されているとし、この糸杉を「死のオベリスク」と形容している。