ノルウェー出身の画家ムンクを代表する有名な絵画「叫び」。日本では特に「ムンクの叫び」として作品名のように定着してしまうほど、ムンクの名前はこの作品によって人々に広く知られることとなった。「ムンクの叫び」の作者は誰だっけ?なんて笑い話も目にするほどだ。
エドヴァルド・ムンク「叫び」 1893 油彩 91cm × 73.5cm オスロ国立美術館蔵
「叫び」というタイトルと、画面下部中央の人物の表情を合わせて見ると、この人物が何か叫んでいる様子を描いた絵画作品のような印象を受ける。
ましてや作品名を「ムンクの叫び」と誤解したまま見てしまった場合には、なおさら「ムンクという人物が叫んでいる絵なのだろう」と変な先入観すら生まれてしまいそうだ。
突然の幻聴に耳をふさぐ人物
だが実際には、この「叫び」で描かれる人物が叫んでいるわけではなく、夕暮れ時に突然の幻聴・幻覚に遭遇した人物が、恐怖を感じ手を耳に当て、懸命に不安と戦っている様子が描かれているという。
この人物の幻覚・幻聴とは、実際にムンクが体験したものとされ、その瞬間について次のようなムンクの日記が残されている。
「私は2人の友人と歩道を歩いていた。太陽は沈みかけていた。突然、空が血の赤色に変わった。私は立ち止まり、酷い疲れを感じて柵に寄り掛かった。それは炎の舌と血とが青黒いフィヨルドと町並みに被さるようであった。友人は歩き続けたが、私はそこに立ち尽くしたまま不安に震え、戦っていた。そして私は、自然を貫く果てしない叫びを聴いた。」
ちなみにこの「フィヨルド」とは、学校の地理の授業で習う地質学用語のフィヨルドではなく、ムンクの祖国ノルウェーの南東にある湾の地名「オスロ・フィヨルド」(上写真)を指している。
複数存在するムンク「叫び」
ムンクが描いた絵画作品「叫び」は、実は5点以上の存在が確認されており、最も一般的に目にする機会が多いのは、上述したオスロ国立美術館所蔵の油彩画と思われる。
その他、ムンク美術館(オスロ)所蔵のテンペラ画・パステル画・リトグラフ(版画の一種)などがある。テンペラ画とは、乳化作用を持つ物質を絵具として利用する絵画技法。パステルは、乾燥した顔料を粉末状にして固めた画材。
オークションの落札価格は96億円
ノルウェー人実業家が個人所有していたパステル画(1895年版)のムンク「叫び」は、ニューヨークで2012年5月2日、美術品オークション大手のサザビーズ(Sotheby's)により競売にかけられ、当時史上最高の1億1992万2500ドル、日本円で約96億1000万円(手数料込)という高値で落札された。落札者は不明。
競売で落札されたムンク「叫び」パステル画(1895年版)
度重なる盗難被害
ムンクの祖国ノルウェーで1994年2月に開催されたリレハンメルオリンピック(冬季五輪)。それとタイミングを合わせるかのように、ノルウェーの首都オスロにある国立美術館所に所蔵されていたムンク「叫び」油彩画が盗難にあった。ロンドン警視庁美術特捜班の活躍により3か月後に犯人は逮捕され、作品は取り戻された。
10年後の2004年8月、今度はムンク美術館(オスロ)所蔵のムンク「叫び」テンペラ画が、同じくムンク「マドンナ」とともに、銃を持った強盗団に襲撃され強奪されてしまった。
左:ムンク「叫び」パステル画 右:ムンク「マドンナ」
ムンクの絵画を奪った強盗団のうち6人は逮捕されたが、盗難品の行方はしばらく不明のままとなり、ノルウェーのみならず美術界・芸術界、そして愛好家たちに大きな衝撃が広がった。
奪われた絵画が発見されたのは、2年後の2006年8月、2点ともオスロ市内で確保された。いずれも損傷を受けており、「マドンナ」の修復は成功したが、「叫び」は液体による損傷の度合いが激しく、完全な修復は不可能だった。