レオナルド・ダ・ヴィンチ「聖アンナと聖母子」は、1508年から1510年頃に製作された未完の宗教画。パリのルーヴル美術館所蔵。
画面右下には、受難の象徴である生贄の子羊を抱える幼児イエス、それを優しくたしなめるように抱えて引き寄せようとする聖母マリア、その後ろには母アンナが描かれている。
よく見ると、聖母マリアは母アンナの膝の上に座っており、聖アンナのいる聖母子画としては非常に珍しい構図となっている。エル・グレコ「聖アンナのいる聖家族」などとは事なり、母アンナは比較的若々しく描かれており、一枚の絵に時間的な流れが圧縮された形で描かれているようだ。
旧約から新約への人類の歴史
ダヴィンチ「聖アンナと聖母子」の珍しい構図について、井出洋一郎「聖書の名画をたのしく読む」(中経出版)の作品解説によれば、「旧約から新約への人類の歴史を描いた名画」として、次のように論評している。
「玉座に奥の上からアンナ、マリア、イエスと順番に座る「聖アンナ三代の図像は、ゴシック絵画やビザンティンのイコン(聖人像)にしばしば描かれている。
しかしレオナルドはその家系図を換骨奪胎して、太古(背景の山岳)から律法が与えられた旧約の昔日の時代(聖アンナ)、そして新約の今日の時代(聖母子と人間を象徴する子羊)、最後にひび割れた大地が落ち込む未来の世紀、という人類の悠久の歴史をここに描いたと思える。」
聖母の教育と膝の上のマリア
「母マリア」、「膝の上」というキーワードからは、母マリアが膝の上に旧約聖書を置いてマリアに読み方を教えたという宗教画の主題「聖母の教育(マリアの教育)」が連想される。
聖母マリアは3歳から14歳までエルサレムの神殿で神事に仕えたとされるが、矛盾は問題視されず、「聖母の教育」という主題は一般的に定着し、ドラクロワ、ムリーリョ、ジョヴァンニ・バッティスタ・ティエポロなどが同主題の宗教画を残している。
ウジェーヌ・ドラクロワ「聖母の教育」 1853 カンヴァス・油彩 45×55cm 国立西洋美術館蔵
聖アンナから聖母子へ受け継がれる神の教え
宗教画の主題「聖母の教育」とレオナルド・ダ・ヴィンチ「聖アンナと聖母子」の関係について、先述の参考書籍による解説によれば、「マリアが母となり、アンナがイエスの祖母となった段階でも、アンナの教育は引き続き行われていたと思わせる」作品とした上で、次のような解釈を提示している。
「聖アンナは娘マリアに、旧約聖書が示す英知に従い、母としてイエスの受難を心配するあまり、ダビデの家系にあるイエスの義務を果たすのを妨げてはならないことを、微笑みのうちに教えているのである。」