エル・グレコはスペイン移住後の初仕事としてトレド大聖堂から絵画「聖衣剥奪 エル・エスポリオ El Expolio」(1577-79)の製作を依頼され、キリストが十字架に架けられる直前に衣服を剥がれる姿を鮮やかな色彩で描いた。
完成した絵画「聖衣剥奪」(せいいはくだつ)をトレド大聖堂へ納めたエル・グレコに対し、大聖堂側は「キリストの頭より群衆の位置が高い」、「マリア様が3人もいる」など難癖をつけて報酬を踏み倒そうとした。グレコは争う姿勢を見せたが、異端審問を恐れて結局当初提示した額の三分の一で妥協したという。
神吉敬三ほか「カンヴァス世界の大画家 12 エル・グレコ」(中央公論社)作品解説では、エル・グレコ「聖衣剥奪」について、次のように論評している。
「ミケランジェロを想起させるモニュメンタルなキリスト、画面左下の三人のマリアや浅い奥行きの画面構成に見られるマニエリスムの影響、激しいヴェネツィア的色彩など、イタリアでの研鑽がみごとに開花していることを示している。」
マリア様が3人もいる?
注文主であるトレド大聖堂から指摘された「マリア様が3人もいる」とは、画面左下の3人の女性が描かれた部分がそれに該当する箇所である。
3人の女性の視線は、イエスが磔(はりつけ)にされる十字架に向けられている。この「3人のマリア」が具体的に誰を描写したものかについては異論が多いが、一説には、手前の黄色い衣服を着た女性がマグダラのマリア、青い衣服の女性が聖母マリアと解釈されている。
一番奥の女性については、ヤコブの母(小ヤコブとヨセの母)とされるが、この人物についてはイエスの母マリアの姉妹であるクロパの妻マリアと同一人物と考えられることがある。
なお、宗教画における「3人のマリア」といえば、キリストの磔刑(たっけい)後に墓を訪れた三人の女性として、「墓の前の三人のマリア」、「キリストの墓を訪れる聖女たち」といった図像で描かれることが多い。
聖書には「3人のマリア」が墓の前にいたとは記述されていないが、聖母マリア、マグダラのマリア、クロパの妻マリアの3人が一つの作品に同時に描写されることが多い。
バロック期フランスの画家ローラン・ド・ラ・イール(Laurent de La Hyre/1606–1656)による
「3人のマリアの前に現われるキリスト Jesus Appearing to the Three Marys 」