受胎告知 ダヴィンチ
the Annunciation to the Virgin Mary

若き日のダヴィンチによる事実上のデビュー作

ある日突然、天使ガブリエルから処女懐胎の御告げを受けた聖母マリア。メシア誕生を告げる運命的な受胎告知の物語・ストーリーについては、特集「聖書と絵画 有名な物語」のページをご覧いただくとして、このページでは、レオナルド・ダ・ヴィンチの絵画作品「受胎告知」について、その美術作品の特徴や鑑賞のポイントなどを詳しく見ていきたい。

レオナルド・ダ・ヴィンチ「受胎告知」は、二十歳を過ぎたダヴィンチが、師事していた彫刻家ヴェロッキオの工房で修業を積んでいた頃(1472-1473年)の事実上のデビュー作と考えられている。数か所に他の画家による筆が入っているようだが、ほぼ異論なくダヴィンチによる真筆とされている。

左が天使ガブリエル 右が聖母マリア

まず全体像だが、向かって左側が受胎告知に降臨した天使ガブリエル、右側の女性が聖母マリア。受胎告知を描いたほとんどの作品で、天使が左に、聖母マリアが右側に描かれる(例外:エル・グレコ「受胎告知」)。

天使ガブリエルは、右手の人差し指と中指を立ててピースサイン(Vサイン)のような形をつくり、聖母マリアへの祝福の意を表し、左手では聖母マリアの純潔の象徴である白百合を捧げている。

白百合は、このレオナルド・ダ・ヴィンチ「受胎告知」に限らず、聖母マリアが描かれる他の画家による絵画作品にも数多く描写され、聖母マリアの純潔・貞操を象徴する持ち物(アトリビュート)として、ある種の約束事のように絵画の中に登場する。聖母マリアのアトリビュートについては、こちらの解説ページ「聖母マリアの青 絵画のアトリビュート」も適宜参照されたい。

白百合におしべ? そして開かれた庭

聖母マリアのアトリビュートとして白い百合の花が宗教画に描写される場合、男性を象徴する雄蕊(おしべ)は描かれないことが多いようだが、レオナルド・ダ・ヴィンチ「受胎告知」に描かれた白百合をよく見ると、しっかりおしべが描かれていることがわかる。

このダヴィンチの白百合については、「教会への反発心・反抗心の表れ」として説明されることがあるようだが、実際のところはどうなのだろうか?

反抗心の表れと解釈しうる点としては、もう一つある。聖母マリアの純潔・処女性を暗示する要素として、「閉ざされた庭」が受胎告知のシーンで描かれることがあるが、ダヴィンチ「受胎告知」では、一見周囲が塀で囲まれているようにも見えるものの、天使ガブリエルの手元の奥を見ると塀がなく開かれた部分があり、奥の風景へ繋がっている。しかもそこへ意味深におしべのある白百合が重なって描写されている。

おしべの描写や開かれた塀については依頼主が見ればすぐに分かる事であり、実際に当時どの程度問題にされる可能性があったのか、おしべを描いた画家はレオナルド・ダ・ヴィンチのみだったのか等研究すべき点は多いが、これらの点については皆さんの自己研究にお任せすることとしたい。

聖母マリアの表情と心の状態

向かって右側の聖母マリアについてみると、純潔や信仰を表す青色のローブ、天の愛情を表す赤い色の衣服をまとい、右手は聖書のページを押さえ、左手は驚きを表すかのようなしぐさを見せている。

天使から受胎告知を受けた際、聖母マリアは最初に驚き、胸騒ぎを感じ、やがて天命を受け入れ、最後に神のしもべとして従順になっていくという段階的な精神状態のプロセスを辿っていくが、様々な画家による受胎告知をテーマとした絵画作品では、描かれた聖母マリアがどの段階の精神状況にあるのかほぼ明確にされている。

だが、レオナルド・ダ・ヴィンチ「受胎告知」を見ると、左手では驚きの心情を表しているものの、その気品漂う表情には落ち着きが見られ、既に神の意向に恭順の姿勢を見せているようにも見える。この点については様々な解釈の余地があると思われるので、興味のある方は、他の画家による受胎告知作品と比較しながら、さらに研究を進めてみると面白いだろう。

【関連ページ】 受胎告知 「聖書と絵画 有名な物語」より

聖書はどこを読んでいた?

レオナルド・ダ・ヴィンチの作品に限らず、受胎告知のシーンを描いた絵画作品では、聖母マリアの傍らにページが開かれたままの聖書が約束事として描かれることが多い。

聖母マリアが直前まで読んでいたとされる書物は、紀元前8世紀の預言者イザヤに関する旧約聖書の一つ「イザヤ書」で、具体的な箇所としては、預言者イザヤが「見よ、乙女がみごもって男の子を産み その子をインマヌエルと呼ぶ」と救世主イエスの誕生を予言した部分(77章14節)とするのが一般的な設定のようだ。レオナルド・ダ・ヴィンチ「受胎告知」では、その読みかけのページに指を挟んだ形で描かれているのがわかる。

なお、まったくの余談だが、フォークダンス曲として有名な『マイム・マイム』の歌詞は、イザヤ書の第12章第3節から採られたものである。また、世界的ヒット曲『スタンド・バイ・ミー Stand By Me』の歌詞の一部もイザヤ書の記述に影響を受けている。

右手の二の腕が長い理由は?

言われて初めて気が付く方も少なくないと思われるが、聖書に手を伸ばす聖母マリアの右手の二の腕が少し長いことにお気づきだろうか?

腕が少し長く描かれた理由としては、どうやら当時この作品は若干高い位置に展示されることを意図して描かれたもので、しかも作品の右下の方向から鑑賞されることが予定されていた作品だったようだ。

実際にダヴィンチ「受胎告知」を右下の方向から仰ぎ見ると、若干長く描かれた右腕が絶妙な遠近感をもたらして、正面から見た以上に奥行きをもって、見る人の目に映る効果があらわれるという。おそらく、広めにとられた人物間の間隔も、この遠近感・奥行き感の演出に一役買っているのだろう。

2007年に、フィレンツェのウフィツィ美術館から上野の東京国立博物館へダヴィンチ「受胎告知」の実物がやってきたときも、展示された作品の右下付近に来場者の流れが集中し、本当に遠近感の効果が得られるのか確かめようとする人々が後を絶たなかった(ちなみに来場者数は50万人を突破した)。

有名な「受胎告知」作品

エル・グレコ「受胎告知」
クラレ創設者・大原孫三郎が設立した大原美術館にも所蔵
ルーベンス「受胎告知」
たくましい天使ガブリエルと聖母マリア ネコも登場
ムリーリョ、ボッティチェッリ「受胎告知」ほか
聖母マリアの表情やしぐさの違いに注目

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『最後の晩餐』、『モナ・リザ』などの絵画のみならず、彫刻、建築、数学天文学など様々な分野で研究を残した万能の天才。
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