最後の審判 ミケランジェロ
マタイの福音書をモチーフとしたシスティーナ礼拝堂の壁画
「最後の審判」は、イタリア・ルネサンス期の巨匠ミケランジェロによるフレスコ画。ローマ教皇のバチカン宮殿にあるシスティーナ礼拝堂の祭壇に描かれた(1537-1541)。
作品の大きさは縦14メートル超、横13メートル超という大作中の大作で、個人の描いた絵画作品としては史上最大。詩人ゲーテは、このミケランジェロ「最後の審判」についてこう言ったという。
「一人の人間の成しうる偉業の大きさを知りたいと思う者は、この絵の前に立つがいい。」
天使たちの群像、イエス・キリストを中心とした天国、地獄に引きずり落とされる人々などが描かれている。「マタイによる福音書」に示される最後の審判を主題とし、ダンテの叙事詩『神曲』地獄篇からインスピレーションを得たとも言われる。
右側の善人は天国へ 左側の悪人は地獄へ
ミケランジェロ「最後の審判」の大まかな画面構成としてまず知っておくべきことは、善人・悪人が右・左に明確に分けられていることだ。中央のキリストから見て「右」側が天国へ昇る善人が描かれるブロック、キリストから見て「左」側が地獄へ落ちる悪人のブロックとなっている。
キリストからみて右側の一番下では、7つの封印が解かれて滅亡した人類の中から、神の許しを得て天国へ昇る人々が描かれ、左側の一番下では、神に背き呪われた者たちが地獄へ落ちる様子が描かれている。
この「右」・「左」の描写については、「マタイによる福音書」25章31節以降の次のような記述が関連している。なお、英語で「右」は「right ライト」だが、この「right」が「正しい」という意味を持つのは、この聖書の記述が大きく影響している。
羊を右に ヤギを左に より分けるだろう
「人の子が栄光の中にすべての御使たちを従えて来るとき、彼はその栄光の座につくであろう。
そして、すべての国民をその前に集めて、羊飼いが羊とヤギとを分けるように、彼らをより分け、羊を右に、ヤギを左におくであろう。
そのとき、王は右にいる人々に言うであろう、『わたしの父に祝福された人たちよ、さあ、世の初めからあなたがたのために用意されている御国を受けつぎなさい。』
それから、左にいる人々にも言うであろう、『のろわれた者どもよ、わたしを離れて、悪魔とその使たちとのために用意されている永遠の火にはいってしまえ。』
そして彼らは永遠の刑罰を受け、正しい者は永遠の生命に入るであろう」。
<マタイによる福音書25章より一部引用>
個別解説 不安げな表情の聖人たち
ではミケランジェロ「最後の審判」における主な登場人物について簡単に解説していきたい。下の図は画面の中央部分を抜粋したもの。中心で腕を振り上げている人物がイエス・キリスト、そのすぐ(キリストから見て)右側で身を寄せている女性が聖母マリア、その右側が聖アンデレ、その右側が洗礼者ヨハネ。聖母マリアの足元は聖ロレンツォ。
キリストから見て左側には、上の画像の向かって右端で右手に鍵をもっている人物が聖ペテロ(ペトロ)、その奥が聖パウロ、人の抜け殻のような皮をもっているのが聖バルトロマイ(聖バルトロメオ)。
聖バルトロマイはミケランジェロの自画像
聖バルトロマイは新約聖書に登場するイエスの使徒の一人。皮剥ぎの刑で殉教したといわれ、ミケランジェロ「最後の審判」ではアトリビュートとして自分の皮とナイフを持った姿で描かれている。
この人間の皮の顔の部分をよく見ると、作者であるミケランジェロ自身の顔によく似ている。ミケランジェロは他の作品でも自身の顔を絵画作品の中に潜ませることをしており、「最後の審判」において指摘されるこの部分についても、まさしくミケランジェロの自画像であると一般的に考えられている。
【右画像:生皮を持つ聖バルトロマイ】
批判した儀典長は地獄行き?
ミケランジェロ「最後の審判」に描かれる人物は皆、古代神話のゼウスやヘラクレスを思わせるような筋骨隆々の肉体美を見せている。
しかもその多くは腰布がない裸体の状態で描かれたため、ローマ法王庁の儀典長であったビアージオは、神聖な教会の祭壇をあられもない裸体で埋めてどうするのかと厳しくミケランジェロを糾弾した。
これに憤慨したミケランジェロは、画面右下の地獄の王ミノスの顔として儀典長ビアージオの顔を「最後の審判」の中に書きこんでしまった。
体に悪魔の化身とされるヘビをまきつけた地獄の王ミノス。その顔は儀典長ビアージオ。よく見ると股間にヘビが食らいついている。これがシスティーナ礼拝堂の祭壇画として半永久的に残るとあっては描かれた本人はたまらない。
ミケランジェロによる子供じみた仕打ちに仰天した儀典長ビアージオはローマ法王に直訴。この部分をすぐに描き直させるよう頼み込んだが、ローマ法王は「いかに私でも、地獄のことは請け負いかねるよ」と一笑され、相手にされなかったという。