ロンギヌスの槍
Lance of Longinus
十字架上のキリストに突き立てられた聖槍・ホーリーランス
ゴルゴタの丘で十字架にかけられたイエスに突き立てられたとされる聖槍・ホーリーランス。ローマ兵のロンギヌスがこれを行ったことから「ロンギヌスの槍」としても知られ、キリスト磔刑を描いた宗教画などで描かれるほか、聖ロンギヌスとして独立した絵画・彫刻作品の題材とされる。
上写真は、バロック期イタリアの彫刻家ベルニーニ(Gian Lorenzo Bernini/1598-1680)による彫刻作品「聖ロンギヌス像」(サン・ピエトロ大聖堂/バチカン)。聖人化された精悍なロンギヌスが聖槍を掲げ天を仰ぐ。
ロンギヌスの名前は、聖書を構成するどの福音書にも記述はないが、外典の1つ「ピラト行伝」や「黄金伝説」上にその名前を見ることができる。なお、紀元前の共和政ローマでカエサルを暗殺したガイウス・カシウス・ロンギヌス(Gaius Cassius Longinus)とは別人と考えられる(後述)。
ロンギヌスは目が不自由(白内障とも)だったが、イエスの脇腹を槍で刺した際にイエスの血が眼に入り視力を取り戻したという。この奇跡に彼は改心し、洗礼を受けたとされる。
ボン・ジェズス・ド・モンテ聖堂のロンギヌス像
ポルトガル北部の都市ブラガ近郊にあるボン・ジェズス・ド・モンテ聖堂(Bom Jesus do Monte)のロンギヌス像。聖人として洗練・美化されたベルニーニの彫刻作品とは異なり、こちらはローマ兵としてのロンギヌスが馬に乗った姿で描かれている。
後述のルーベンス絵画を見れば分かるが、ロンギヌスは馬に乗った状態でイエスに聖槍を突き立てる様子が取り上げられることがあるようだ。
馬上の方が立派に見え、他者との区別がつけやすいなどの理由に加え、十字架にかけられ高い位置にいるイエスの脇腹を狙うには、馬の上に配置する方が高さ的に自然な印象になるという事情もあるのだろう。
アニメ「フランダースの犬」でも登場したルーベンスの絵画「キリスト降架」。その直前のシーンとも言える絵画作品が、ロンギヌスの槍が描かれるルーベンス「キリストの磔刑(槍突き)」。
上述の彫刻作品と同様、ここでは馬に乗ったロンギヌスが画面左側に描かれている。ロンギヌスの槍がイエスに向けられたのは処刑中とも処刑後(生死確認のため)とも言われている(一般的には後者)。
なお、聖母マリアやマグダラのマリアなど他の登場人物の解説については、こちらの作品解説ページ「ルーベンス『キリストの磔刑(槍突き)』」を参照されたい。
アニメ「新世紀エヴァンゲリオン Neon Genesis EVANGELION」では、キリストの磔刑でイエスに突き立てられた「ロンギヌスの槍」をモチーフとした二叉の巨大な槍が重要な役割をもって登場する。
「ロンギヌスの槍」に限らず、「新世紀エヴァンゲリオン」のストーリー全体が聖書の物語から大きなインスピレーションを得て創作されており、聖書に関連する単語が用いられているが、内容的に聖書と合致しているわけではないのは言うまでもない。
カシウスの槍って何?
「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q」では、新たに「カシウスの槍」という槍がストーリー上に登場した。ロンギヌスの槍と対になる存在で、共に補完計画発動のキーになっているという。
聖書の物語をある程度モチーフとしたエヴァンゲリオンに登場するアイテムということで、この「カシウスの槍」も聖書と何らかの関係にあるのか興味を抱いた方も少なくないと思われるが、聖書にも外典にも「カシウスの槍」の類の記述は見当たらない。
この点、聖書の外典で見られる「ロンギヌス」のフルネームは「カシウス・ロンギヌス」であるとして、「カシウスの槍」と「ロンギヌスの槍」を結び付けようとする試みもネット上で散見されるが、その根拠となる文献が存在するのか不明だ。新劇場版エヴァンゲリオンにおける「カシウスの槍」は、あくまでも創作上のものと考えるのが妥当だろう。
カエサル暗殺者のカシウス・ロンギヌス
なお、「ロンギヌスの槍」のロンギヌスと紛らわしい存在として、紀元前の共和政ローマでブルータス(ブルトゥス)とともにカエサル暗殺を企んだ首謀者の一人にガイウス・カシウス・ロンギヌス(Gaius Cassius Longinus)という人物がいる。
ブルータスやカシウス(カッシウス)によるカエサル暗殺は紀元前44年、カシウスが亡くなったのが紀元前42年頃とされており、キリスト磔刑のロンギヌスとは別人と解されている。
ただ、カエサル暗殺のカシウスとキリスト磔刑のロンギヌスが別人だとしても、後者のロンギヌスのフルネームが「カシウス・ロンギヌス」である可能性まで否定するものではないことは言うまでもない。
この点、キリスト磔刑のロンギヌスは、洗礼前の名前が「カシウス」であったとする伝承があるとの一文をwikipedia英語版で見かけたが、出典が示されておらず、それを確認するには確たる文献の存在が必要となるだろう。