キリスト降架 ルーベンス
十字架から静かに降ろされるイエス ルーベンスの三連祭壇画
「キリスト降架」は、17世紀バロック時代のヨーロッパを代表する画家ルーベンスによる三連祭壇画。アントワープ大聖堂所蔵。
縦421cm、横311cmにも及ぶ大作で、磔刑に処されたイエスの亡骸が降ろされる場面が描かれている。アニメ「フランダースの犬」において、主人公ネロがどうしても見たかったルーベンスの絵画としても有名。
対照的な対角線構図 十字架を暗示?
同じくキリスト磔刑の場面を描いたルーベンス「キリスト昇架」と同様に、本作でも対角線構図が用いられているが、「キリスト昇架」では右下から左上へ伸びる対角線上に十字架が配置されているのに対し、「キリスト降架」では右上から左下へ流れ落ちるような対角線構図が用いられいる。
時間的に連続した場面を描いた両作に対照的な構図を採用することで、時間的な流れや、生と死、場面の移り変わり、人物の動きが明確になっていると言える。私見だが、2枚の対角線構図を重ねればX(エックス)状の図形となり、それはすなわち十字架を暗示しているのではないかとも考えられる。
古代彫刻「ラオコーン」の影響も?
人物の力強い肉体表現は、イタリア・ルネッサンス期のミケランジェロやティントレットの影響が見られる。特にイエスのたくましい肉体の描写については、古代ギリシア彫像の「ラオコーン像」から強い影響を受けたとされている。詳細はルーベンス「キリスト昇架」の解説を参照されたい。
左わき腹の傷はロンギヌスの槍
イエスの死後、ローマ帝国の百卒長ロンギヌス(Longinus)は、イエスの死を確認するため(または処刑のために)、イエスの左わき腹に槍を突き刺したと伝えられている。
キリスト磔刑や、処刑後のキリストが十字架から降ろされる場面を描いた宗教画では、ルーベンス「キリスト降架」に限らず、イエスの亡骸の左わき腹にロンギヌスの槍を受けた傷が描かれていることが多い。
新世紀エヴァンゲリオンで登場する「ロンギヌスの槍」は、このロンギヌスがイエスに突き立てた槍から発想を得たものと思われる。
【関連ページ】 ロンギヌスの槍 絵画・彫刻
【関連ページ】 ルーベンス「キリストの磔刑(槍突き)」
人物解説
青い衣服の聖母マリア
左下に描かれる三人の女性のうち、青い服を着て立ち上がりイエスに両手を差し伸べている女性が、イエスの母聖母マリア。
一般的に、「キリストの磔刑」を描いた宗教画においては、聖母マリアは、ショックで気を失った姿で描かれることが多かったが、ルーベンス「キリスト降架」では、「悲しみの母は、涙しながら御子の架けられた十字架のそばに立っておられた」という「ヨハネによる福音書」の記述が反映されているようだ。
なお、こうした宗教画において聖母マリアの悲しみを表す場合、その衣服の色は、受胎告知などの場面で使われる青色(いゆるマドンナブルー)ではなく白や紫が用いられることが少なくない。
赤い衣服のヨハネ イエスの愛しておられた弟子
十字架から降ろされるイエスの足を支えているのは、イエスの弟子ヨハネ。洗礼者ヨハネとは別人であり、区別のために使徒ヨハネとも呼ばれる。
「ヨハネによる福音書」によれば、ほとんど逃げ出してしまったキリストの弟子のうち、唯一「イエスの愛しておられた弟子」のみが磔刑(たっけい)に立ち会ったとされており、伝統的にはこの「イエスの愛しておられた弟子」とは使徒ヨハネを指すと考えられている(異説あり)が 、ルーベンス「キリスト降架」でも、このヨハネ福音書の記述と伝統的な解釈に基づいて使徒ヨハネをこの場面に登場されたと考えられる。
「イエスの愛しておられた弟子」が誰を指すのかについては異論が多く、有名な異説としては、「ダヴィンチ・コード」で大きく取り上げられたマグダラのマリアであるとする説があるが、ルーベンス「キリスト降架」では明らかにマグダラのマリアも描かれている。
イエスの足下に描かれるマグダラのマリア
キリストの左足を支えている金髪の女性は、聖書の記述によれば、キリスト磔刑に立ち会い、復活後のキリストと一番最初に言葉を交わしたとされる聖女マグダラのマリア。
「ルカによる福音書」では、キリストの足に涙をこぼして長い髪でぬぐい、高価な香油を注いだ「罪深い女」と呼ばれる人物が登場するが、かつてはカトリックを中心にマグダラのマリアがこの「罪深い女」と同一視されており、ルーベンス「キリスト降架」のみならず、キリスト磔刑を主題とする宗教画では、マグダラのマリアがキリストの足元付近に描かれることがある。
イエスの遺体を引き取ったアリマタヤのヨセフ
聖母マリアのすぐ上で、キリストの上半身に手を差し伸べている長いヒゲをたくわえた人物は、様々な福音書に登場する「アリマタヤ出身のヨセフ」。イエスの遺体をひきとって埋葬したと伝えられている。
福音書によってはその人物像は異なるが、「金持ちでイエスの弟子」(マタイ福音書)、「身分の高い議員」(マルコ福音書)、「神の国を待ち望んでいた」「善良でただしい人」(ルカ福音書)などと記述されている。
ヨハネ福音書では、イエスの弟子でありながらユダヤ人を恐れてそのことを隠していた人物として説明されており、その後ろめたさからイエスの亡骸を引き取ることを願い出たのかもしれない。
共に遺体を運んだニコデモ
赤い衣服の使徒ヨハネのすぐ右上の人物が、ヨハネによる福音書に登場するユダヤ人、ニコデモ。アリマタヤのヨセフとともにイエスの遺体を引き取って埋葬したとされている。
ルーベンス「キリスト降架」に限らず、キリスト磔刑を描いた宗教画(処刑後の場面)でアリマタヤのヨセフらと一緒にイエスの亡骸を運ぶ様子が描写されることが多い。ニコデモの方がヨセフよりも若く描かれる傾向にあるようだ。